合格体験記の間違った読み方とは?

毎年必ず、大勢の受験生が志望校に合格し、通っていた高校や学習塾には「合格体験記」として、受験で成功を収めることができたことの体験談やコメントを残していく人も存在する。志望する大学にどういった理由で合格することができたのかは、受験生個人によってさまざまである。

ただひたすら勉強に励んだからであるという人もいれば、何らかの良質な問題集をやったから、あるいは、自分の受験生活に影響を与えた人物と出会えたからという事例もあるであろう。

しかし、これは合格した人の事例であり、本当にそれが志望校に合格できた要因であるとは、必ずしも限らない。むしろ、合格に結びつく要因の種類は果てしなくあり、それが複雑に結合して積み重なった結果が「合格」であると言ってもおかしくはない。

合格体験記に書くことができる文章の量は限度がある。したがって、合格を手にすることができた受験生が、合格に至る出来事や理由をすべて書き出すことは不可能なことであり、どんな合格体験記でも、そこに書かれていることは受験生の実際の体験のほんの一部でしかない。よって、合格体験記に述べられていることをそっくりそのまま実行するだけでは、志望校に合格できるとは言い難い。

また、合格体験記はあくまでも大学入試に合格した人が書いた体験談に他ならない。つまり、合格さえしたら、どんなことでも「合格」の要因とすることが可能であり、たとえそれが好ましいことでない場合であっても全て正当化されてしまう。このことから、書かれていること全てを、志望校に合格するためのマニュアルとして使えるとは到底思えない。合格した人の話を実行したが、志望校に落ちてしまった人も数多くいることは事実だ。

もちろん、合格体験記に目を通すことは良いことだ。それを読むことによって、合格者の意見や体験談を参考にし、自分が志望する大学に受かるようにするための受験対策のヒントとなるだろう。ただ、それを丸呑みすることも危険な行為であり、受験を対策すること自体はあくまでも受験生本人が考えて決断するべきことである。

不合格になった私も、合格体験記には目を通した。しかし、それをヒントに生かすことはできず、自分の身の丈には合わない事例も丸呑みすることもあった。合格体験記を正しく使えなかったことも、残念な結果の要因の1つになったと考える。

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